情報時代にVanyatanが勝手に選りすぐった記事を無責任に解説・提言いたします。元は「利用価値のない日々の雑学」から分派致しました。


by vanyatan
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最近は、わが栄光の巨人軍より大好きなヤンキースが、残念ながら破れてしまったが、そのライバル球団でもあり、ア・リーグの代表でもあるレッド・ソックスがワールドシリーズを制覇したので大変嬉しい。
だが、レッド・ソックスに関しては、ボストンが本拠地であること、オーティス、ラミネスという最強の3・4番がいること、グリーン・モンスターという、日本で言えば到底できそこないみたいな球場がホームグラウンドであること、それに、今年は松坂と岡島という日本選手が大活躍したことしか知らない。そうそう、ヤンキースの好敵手であるということも。ヤンキースに関しては姉妹ブログで「ヤンキース沈没」について書いたので直接的には触れない。

松坂がレッド・ソックス入りした時、ヤンキースにとって、松坂自体は然程脅威ではないが、ただ、ヤンキースと壮絶な優勝争いを繰り広げるきっかけになるのではないかと思ったが、今シーズンは最終的には僅差だったものの、一年を通してレッド・ソックスに大きく水をあけられてしまったのは事実。このチームが3年振りにまた、世界一になったことで、ヤンキースのストーブリーグは完全に火がついたという言い方は出来るだろう。

そういう意味では打撃はともかくも、投手陣は大きく水を開けられた。投手を中心に大きなトレードが必要であろう。別に安易なトレードなんかしなくても、投手陣を育てればよいのだか、その辺りは日本野球と違い、「球団が育てる所以」なんて考えは毛頭持ち合わせていないのが、アメリカのプロスポーツだ。いや、これは、アメリカだけではなく、欧州のプロサッカーや、アメフトにも見られるように、プロと名がつく以上、その責任は自分にある。そして、ある意味でそれを証明してくれているのが、世界のプロリーグで活躍できる「日本選手」なのである。

レッド・ソックスのふたり、松坂と岡島は特にその点が顕著である。松坂は西武に入団したときからそうだった。自分というのを良く分かっている選手だ。だから日本野球では成績を出しながらも最高の評価を受けていたとはいえない。しかし、筆者は時代が違うかもしれないが、松坂の持ちうるプロ意識というのは、相当なものだと思う。自己管理という面から「太りすぎ」を指摘され、イコールそれがプロ意識に欠けるという言い方もされる。しかし、太っていようが、どうであろうが、チームを優勝させたことに多少なりとも(無論、松坂は多少なんてものではないが・・・)誰もが否定できない素晴らしい功績である。岡島に関してはもう絶句だ。筆者は岡島がMVPでも良いと思っている。巨人に在籍中は「あっちゃ向いてホイ!投法」と馬鹿にしていたが、彼の意識は既に、日本野球の枠にはあの当時から収まりが就かなかったのだと思う。MLB大好き(というかヤンキース大好き)人間だったが、このふたりには大リーグというベースボールの最高峰にある選手が何をしなければならないのかということを教わった気がする。

ボストンというとBostonというロックバンドを思い出す。More than feelin'は名曲だし、ファーストアルバムはロック史上に残る1枚だ。ボストンにもそういうファンがいるかもしれないが、今夜は夜通しこのアルバムを聴いて、好敵手の世界一を祝福したい。
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by vanyatan | 2007-10-29 23:32 | スポーツ

ライコネン、お見事!

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夜遅くまで、テレビを観た甲斐があったというものだ。
又、こんなことってあるのだなぁとも、久しぶりに驚いた。

筆者のF1との関わりは何と1976年の富士サーキットでの開催が最初の体験だ。とても古い話だ。

あの頃はジェームスハントが好きだった。親友がロニーピーターソンの大ファンで、アンデレッティと共に、JPSがスポンサードしていたロータスを応援していた。筆者は当然マクラーレン、スポンサードはマルボロでそういえば当時はタバコメーカー花盛りだった。

そんな訳で親友とはグランプリがある度に言い争っていたが、そもそも、F1を知ったのも奴の影響。
その後クルマ好きになったのも奴の影響だ。

好きなドライバーは、今でも変わらないが、ジル・ビルヌーヴ。現役時代をリアルには余り知らないが、ビデオは結構集めた。端正なマスクの写真を大伸ばしでパネル化し、部屋に飾っていたこともあった。ご存知の様に彼はレース中に亡くなったが、ワールドチャンピオンすら取れなかったが、今でも「一番速い」レーサーだと思っている。残念ながらワールドチャンピオンにはなれなかった。1979年、チーム・フェラーリはジョディ・シェクターを優先した。まだ若いジルにはこの後何度もチャンピオンのチャンスがあるとチームフェラーリは考えた。しかし、彼は「速い」ことに拘り続け、1982年にベルギーの予選で散った。ものすごい事故であった。息子のジャックは1998年、父の果たせなかったワールドチャンピオンになった。チームはウィリアムスであった。彼も「速い」。しかし、その「速さ」は父の比では無い。

F1の面白さは、インディやル・マンとは又違う。一番速い奴が勝つとは限らないからだ。
速くて勝ち続けたドライバーは、後にも先にも一人だけ、「音速の貴公子」と言われたアイルトンセナだけである。セナも本当に速かった、ライバル達も又、皆強かった。アラン・プロスト、ネルソン・ピケ、ナイジェル・マンセルである。この時代は、本当に毎回レースが手に汗握る内容で、興奮の坩堝だった。しかし、そのセナもサーキットに散った。

ジャッキー・ステュアート、ニキ・ラウダ、プロストやマンセル、そしてミハイル・シューマッハも速いとは思わない。シューマッハは確かに最多勝利数、最多ポールポジション、最多ベストラップの記録を持っていて、この記録はどれも破ることが不可能なものばかりてあるが、しかし、彼が本当に強かったのはフェラーリ時代。前半のベネトン時代は、成熟期にあったベネトンマシンと運命の出会いであった。そして、フェラーリでは4年間辛酸を舐めた。本当に勝ち続けるようになったのは、2000年代になってからである。その後は「無事是名馬」の様であったから、「速い」という印象は無い。

今年で言えば、ハミルトンやマッサは速いが、ワールドチャンピオン、ライコネンに「速さ」は余り感じない。だからF1は面白いのである。

それにしてもフェラーリは凄い。マシンの安定感は、ビルヌーヴの頃から今でもまだそんなに高くない。今シーズンなんかは誰がどう見たって、どうみたってマクラーレンの方が遥かに上である。

しかし、面白いのは、シューマッハの時も、ラウダが乗った時もフェラーリは好成績を上げて来た。しかし、同時にいつもマシンに不安を抱えていた。つまり、フェラーリは本物のドライバーにしか、本物の走りをさせてくれない、正真正銘の跳ね馬なのである。あのプロストが、マンセルが、フェラーリではチャンピオンになっていない。セナも(ホンダとの終身契約がなくても)フェラーリでは勝てなかったかもしれない。でも、もしかしたら、セナがフェラーリに乗ったら、ジルより速かったかもしれない。

とどのつまりは、キミライコネンは、本物のF1ドライバーという訳だ。

兎に角、素晴らしいパフォーマンスに拍手喝采である。
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by vanyatan | 2007-10-23 23:07 | スポーツ