情報時代にVanyatanが勝手に選りすぐった記事を無責任に解説・提言いたします。元は「利用価値のない日々の雑学」から分派致しました。


by vanyatan
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2007年 10月 23日 ( 1 )

ライコネン、お見事!

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夜遅くまで、テレビを観た甲斐があったというものだ。
又、こんなことってあるのだなぁとも、久しぶりに驚いた。

筆者のF1との関わりは何と1976年の富士サーキットでの開催が最初の体験だ。とても古い話だ。

あの頃はジェームスハントが好きだった。親友がロニーピーターソンの大ファンで、アンデレッティと共に、JPSがスポンサードしていたロータスを応援していた。筆者は当然マクラーレン、スポンサードはマルボロでそういえば当時はタバコメーカー花盛りだった。

そんな訳で親友とはグランプリがある度に言い争っていたが、そもそも、F1を知ったのも奴の影響。
その後クルマ好きになったのも奴の影響だ。

好きなドライバーは、今でも変わらないが、ジル・ビルヌーヴ。現役時代をリアルには余り知らないが、ビデオは結構集めた。端正なマスクの写真を大伸ばしでパネル化し、部屋に飾っていたこともあった。ご存知の様に彼はレース中に亡くなったが、ワールドチャンピオンすら取れなかったが、今でも「一番速い」レーサーだと思っている。残念ながらワールドチャンピオンにはなれなかった。1979年、チーム・フェラーリはジョディ・シェクターを優先した。まだ若いジルにはこの後何度もチャンピオンのチャンスがあるとチームフェラーリは考えた。しかし、彼は「速い」ことに拘り続け、1982年にベルギーの予選で散った。ものすごい事故であった。息子のジャックは1998年、父の果たせなかったワールドチャンピオンになった。チームはウィリアムスであった。彼も「速い」。しかし、その「速さ」は父の比では無い。

F1の面白さは、インディやル・マンとは又違う。一番速い奴が勝つとは限らないからだ。
速くて勝ち続けたドライバーは、後にも先にも一人だけ、「音速の貴公子」と言われたアイルトンセナだけである。セナも本当に速かった、ライバル達も又、皆強かった。アラン・プロスト、ネルソン・ピケ、ナイジェル・マンセルである。この時代は、本当に毎回レースが手に汗握る内容で、興奮の坩堝だった。しかし、そのセナもサーキットに散った。

ジャッキー・ステュアート、ニキ・ラウダ、プロストやマンセル、そしてミハイル・シューマッハも速いとは思わない。シューマッハは確かに最多勝利数、最多ポールポジション、最多ベストラップの記録を持っていて、この記録はどれも破ることが不可能なものばかりてあるが、しかし、彼が本当に強かったのはフェラーリ時代。前半のベネトン時代は、成熟期にあったベネトンマシンと運命の出会いであった。そして、フェラーリでは4年間辛酸を舐めた。本当に勝ち続けるようになったのは、2000年代になってからである。その後は「無事是名馬」の様であったから、「速い」という印象は無い。

今年で言えば、ハミルトンやマッサは速いが、ワールドチャンピオン、ライコネンに「速さ」は余り感じない。だからF1は面白いのである。

それにしてもフェラーリは凄い。マシンの安定感は、ビルヌーヴの頃から今でもまだそんなに高くない。今シーズンなんかは誰がどう見たって、どうみたってマクラーレンの方が遥かに上である。

しかし、面白いのは、シューマッハの時も、ラウダが乗った時もフェラーリは好成績を上げて来た。しかし、同時にいつもマシンに不安を抱えていた。つまり、フェラーリは本物のドライバーにしか、本物の走りをさせてくれない、正真正銘の跳ね馬なのである。あのプロストが、マンセルが、フェラーリではチャンピオンになっていない。セナも(ホンダとの終身契約がなくても)フェラーリでは勝てなかったかもしれない。でも、もしかしたら、セナがフェラーリに乗ったら、ジルより速かったかもしれない。

とどのつまりは、キミライコネンは、本物のF1ドライバーという訳だ。

兎に角、素晴らしいパフォーマンスに拍手喝采である。
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by vanyatan | 2007-10-23 23:07 | スポーツ